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 イースターおめでとうございます。棕櫚の主日(4月2日)から始まった2023年度は、2度目のイースターで終わります。振り返ると、内にも外にもいろいろなことがあった一年でした。

 あらためて今日の聖書のトマスとイエスさまのやりとりから、復活の意味を、そして信仰の意味を考えたいと思います。

 大きな背景で考えると、ヨハネ福音書が書かれた1世紀末には、すでに復活の証人たちは、みんな天に帰っていました。教会での、信仰の継承の上で、最も大事だったのは、口伝による言い伝えでした。福音書の最後の数節に登場する「イエスの愛する弟子」の遺産をまとめたのが、このヨハネ福音書です。

 今日の聖書は、「イエスの愛する弟子」が書いたものの、最後のまとめの部分だと思います。彼は最後の最後の言葉を「見ないで信じる人」としました。「信じる人」は、複数形です。彼は、1世紀末の人々に向かって、もはや復活の主を見ることはできない。けれども多くの信仰の先達たちがいるではないか。その人たちから「聞いて」信じる者になりなさいと訴えているのです。

 25節にあるように、トマスは、ほかの弟子たちの復活の証言を聞きましたが、信じませんでした。イエスさまはそのトマスに、まことの信仰を伝えるため、八日の後(26節)、再び弟子たちのところへ現れられたのです。そして見ないで信じる者になりなさい。つまり、聞いて信じる者になりなさいと言われました。

 わたしたちは人生の歩みの中で、同じようなことを経験するのではないでしょうか。あれこれ迷い、どうしても確信が得られない、確かな証拠、保証があれば、信じて実行できるのに、と。しかし、保証があり、絶対大丈夫ということが分かっていることを、「信じる」というのは、本当に「信じる」ことなのでしょうか。常識ではなかなか理解できない、いろいろ考えても答えが出ない、そんな中、心の深いところから湧き出てくる何か、あるいは天から言われたように感じる何か尊い感覚、言わば心の声に耳を澄ませ、それに従い、結果を見ずとも、信じて踏み出して行くとき、道は大きく開かれるのかも知れません。

 2023年度の歩みを糧として、明日からスタートする2024年度を、復活節の時として、イースターの喜びを心に持ちながら、信仰を持って歩んで行く者でありたいと思います。

 

 2024年3月31日 イースター礼拝  笹井健匡牧師


 本日、児島教会創立76周年記念礼拝を迎えることができました。先週は、昨秋より準備して来ましたジャズコンサートを開催することができ、大勢の方が来場して下さり、感動の内に終えることができました。神さまと、「みなさん」に心から感謝いたします。ご奉仕ありがとうございました。

今日は、棕櫚の主日でもあります。受難週にふさわしい、雨の寒い朝となりました。十字架へと歩みを進められるイエスさまにしっかりと心を向けて、礼拝をささげて行きたいと思います。

今年はヨハネ福音書を取り上げました。他の3つの福音書でも、群衆の興奮はすごいものがあります。ヨハネでは、それに加えて17節にあるように、ラザロのことがあるので、19節から分かるように、それはそれはものすごいことになっていたのだと思います。

そんな中、ろばの子に乗って(14節)入城されたイエスさまは、どんな気持ちでおられたのでしょうか。前日にはべタニアでマリアからナルドの香油を注がれました。イエスさまはすでに死を覚悟されています(7節)。またルカ福音書では涙を流して、泣いて入城されました。ご自身の最期についてはもちろん、エルサレムの最期のことも思われ、その胸中は、大きな悲しみでいっぱいだったのではないでしょうか。

そのイエスさまの心を支えていたのは、聖書のみ言葉だったのだと思います。ゼカリヤ書9章9節のこの言葉が、十字架へと向かうイエスさまの心の支えになっていたのだと思います。

そして、もしかしたら、人々の無理解の中、物言わぬろばの子だけが、イエスさまの心を察していたのかも知れません。動物はいろんなものを敏感に全身で感じることができます。ろばの子は、背中でイエスさまの気持ちを感じていたのかも知れません。そして精一杯力を出してイエスさまをお乗せして、エルサレム入城という大役を果たしました。

ちいろば牧師として有名になった榎本保郎牧師は、教会学校の生徒たちにこのろばの子の話をされました。すると子どもたちが、ぼくもろばの子になれるか、わたしもなれるか、と言って、大いに盛り上がったそうです。

わたしたちも、ろばの子のように、イエスさまをお乗せして、イエスさまの御用を共にして行く歩みを進めて行きたいと思います。

 

2024年3月24日 棕櫚の主日(受難節第6主日)礼拝 笹井健匡牧師


 3月8日(金)、平島禎子牧師の父が亡くなって2か月になりました。この日は国際女性デーです。また私の父が生きていれば、90歳の誕生日でした。

 今日の聖書は、一人の女性の働きが輝いている個所です。マルコ、マタイの両福音書では、べタニアは共通する場所ですが、女性の名前は出て来ません。ルカではちょっと複雑ですが、べタニアという地名は消え、イエスの足に香油を塗った女性(ルカ7:36~50)と、マルタとマリアの話(ルカ10:38~42)の2か所に分かれています。ヨハネ福音書のラザロに関する記事(11章~)が史実だとすると、ナルドの香油に関する記述は、このヨハネ福音書が最も古い、オリジナルに近いものであると考えられます。

 十字架が差し迫る緊迫した状況の中、主イエスはべタニアで過ごされ、マルタ、マリア、ラザロと共にいて、マリアがナルドの香油をイエスさまの足に塗った、というのがより真相に近い、核心の出来事だったのだと私は思っています。

 表面的にまっとうなことを言っているように見えるイスカリオテのユダですが、実際は自分がナルドの香油を預かり、売却して、金額をごまかして、会計の補填をしようとしていたのが、見えみえです。

 イエスさまは、このナルドの香油を大変喜ばれたのだと思います。そしてこのことは、大切な記念(マルコ14:9)となりました。

 ヨハネ福音書にラザロと並んでもう一つ大きな記事があります。それはいわゆる最後の晩餐において、イエスさまが弟子たちの足を洗われた、洗足です。

イエスさまは繰り返し弟子たちに、「仕えること」を教えられました。なかなか理解できない弟子たちに、最後の最後に、その足を洗うという行動をもって、仕えることを教えられました。今は分からなくても、後で(聖霊を受けて)分かるようになる、と言われました。この洗足は、もしかしたらこのマリアのナルドの香油から来ているのかも知れません。十字架を前にして、もはや何もすることができないけれども、せめて葬りの前に、きれいにさせてほしい、マリアの精一杯のイエスさまへの思い、愛だったのではないかと思います。それをイエスさまは、最後に弟子たちに同じようにされたのです。だからこそ、後にこの意味を知った弟子たちは、命をも惜しまず、伝道に邁進して行ったのだと思います。

 私たちも、イエスさまに足を洗われ、ナルドの香油を塗ってもらった者として、救われた喜びを、そして何よりもその救い主イエスさまのことを人々に伝えていく者でありたいと思います。

 2024年3月10日 受難節第4(復活前第3)主日礼拝 笹井健匡牧師


 早いもので、もう3月になりました。月末には、イースターがやってきます。この時期、私たちはイエスさまの苦難と栄光の両方を心に覚えます。

イエスさまは何の脈絡もなく、ある日突然、現れたわけではありません。それまでの長いイスラエルの歴史がありました。もちろん喜び、栄光もありましたが、苦難、屈辱もありました。その歴史の中で、最大の危機といっていいのが、今日のイザヤ書40章の背景にある、バビロン捕囚でした。

 バビロン捕囚という民族存続の危機の中、そのバビロンが次第に衰退し、かわってペルシャの時代が到来しようとします。その政変の中、帰還の希望を察知し、

捕囚の民を励ましたのが、第二イザヤでした。彼は民へ慰めを語り、そして帰還のための道、主の道を備えるように人々に呼びかけました。主の道は、第一義的には、歩きやすい地平線の広がる道でした。それは同時に、神が実現される、平らかな世界をも表していたのだと思います。人の有限さ(6~8節前半)と神の永遠性(8節後半)。永遠に治められる、主なる神が、公平な世界、平和な世界を実現されるのだ、との預言者の強い信仰を感じます。

 1922年3月3日、全国水平社が創立されました。綱領の中には、水平社会を実現する旨が明記されています。差別をなくすことが、最終的に、すべての人が笑って暮らせる、平和な世界を実現すると謳われているのです。

 荒れ野に主の道、というこのイザヤ書40章の言葉は、新約聖書福音書の洗礼者ヨハネの登場の場面で用いられています。500年以上前、第二イザヤが預言した主の道が、イエスさまの前に登場したヨハネの役割として、新約聖書に受け継がれたのです。イエスさまこそ、あの主の道を完成させる方であると。そしてそのイエスさまの福音は、多くの紆余曲折を経ながらも、私たち人類の歴史に、何より人間の尊厳と、すべての人々の幸福を願う良心に、多大の影響を及ぼし、今もなお大きな力を与え続けているのです。

 レントのこの時、十字架への苦難の道を一歩一歩歩まれる主イエスの姿をしっかりと見つめつつ、同時にその先に復活の希望が待っていることを心に抱いて、日々克己の歩みを進めていく者でありたいと思います。

 

  2024年3月3日 受難節第3(復活前第4)主日礼拝 笹井健匡牧師


 今日の聖書の箇所は9章の最後の部分ですが、9章全体が一つの話となっています。ここには、イエスさまが生まれつき目が見えなかった人の目を見えるようにされたことが記されています。生まれつき目が見えなかった人は、イエスさまによって、肉眼を癒してもらいました。物理的に見えるようになったのです。それは、想像できないくらい、とても嬉しいことであったと思います。皆は、その人の癒しを共に喜ぶべきであったのではないかと思います。しかし、その奇跡の不思議さによって、驚きと怪しみしか周囲には伝わらなかったのです。見えるようになった人は、宗教的指導者であるファリサイ派の人たちから尋問を受け、自分を癒したイエスさまを罪人であると言うようにと迫られますが、この人にはそれができませんでした。自分の身に起きた奇跡は、罪ある人がなせる業ではないと信じたからです。この人は、そのため会堂から追放されますが、そこでイエスと再び出会います。二回目の出会いでしたが、この人にはそれがわかりませんでした。イエスさまから、「あなたは、もうその人を見ている。あなたと話しているのが、その人だ。」(37節)と言われ、心の眼が開かれたのではないかと思います。目の前にいる知らない人だと思って話をしていた人が、実はイエスさまだったのだ、と驚きと喜びをもって、イエスさまを直接見ることができたのではないかと思います。

 見えるということは、単に物理的に見えるということではなく、心の眼を開かれて、物事の本質が見えるということではないかと思います。私たちは物理的にイエスさまを見ることはできません。しかし、聖書を読み、祈ることによって、心の眼を開かれ、イエスさまを直接見ることができるようになるのではないでしょうか。見えるということは、心の眼が開かれることなくしては、なされないものであると思います。心の眼を開いていただき、主イエスを仰ぎ見る者でありたいと思います。 

 

  2024年2月25日 受難節第2主日 平島禎子牧師(文責)


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