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「時を知る」 マルコによる福音書13章32~37節

 コへレトの言葉(旧伝道の書)3章には、すべてのことに時がある、ことが記されています。私たちは大きな時の流れの中で、個人としても全体としても生きている存在です。
 しかし私たちはなかなかその時を知ることができません。多くの場合、ああ、あれはそういう時だったのだなあ、と終わってから、知るのです。そしてそこに働いていた神さまの大きなご計画を知るのです。
 今日の聖書は、本来の時に関してのイエスさまの言葉です。私は、自分自身、元来楽観的な人間でもあるので、あまり先のことは考えません。しかし、最近の世相を観ていると、やはりいろいろなことを考えてしまいます。そんな私に今日の聖書は大事なことは何か、をもう一度思い起こさせてくれます。
 イエスさまは、当初、13章2節で、エルサレムの崩壊について語られました。ご自身の死から三十数年後のことです。それは言わば、このまま行けば、このままの在り方を続けるならば滅んでしまう、という現状認識に基づいた言葉でした。しかし、その後、今の時代(30節)が滅びることに関しての言葉に変わって行きます。そして、「その日、その時は、だれも知らない。」ただ神さまのみがご存じなのだと言われるのです。そして34節以下でたとえを用いて、「目を覚ましているべきこと」を教えられます。私たちに大事なのは、神さまから託された御用を精一杯やっていくこと、そして眠り込まずに目を覚ましていることだと言われるのです。それしかできないのです。
 しかし「その日、その時」はまったくわからないわけではありません。一つ前の「いちじくの木」のたとえから、「近づいた」ことはわかる、と言われるのです。私たちがなすべきことは、近づいていることを知り、神さまの御用を、与えられた賜物を生かして精一杯なしていくことだと思わされます。
 約2000年前、絶望の中にあった人々のただなかに、闇を照らす光として、わたしたちの救い主イエス・キリストは誕生されました。今年も私たちのただなかにイエスさまが誕生してくださることを祈り求めねながら歩んで行きたいと思います。

2017年11月19日 降誕前第6主日礼拝 笹井健匡牧師

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