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「同労者」 フィリピの信徒への手紙4章2~7節

 9月6日(木)の未明に北海道で大きな地震がありました。直前に台風21号による大阪を中心とする関西地方お被害の大きさがわかっていただけに、大変驚かされました。その前は西日本豪雨があり、改めて、日本は災害列島であると思わされました。災害のないと言われていた岡山ですら、倉敷市真備町を始めとする他の地域で豪雨災害を被り、その傷は癒えていません。今が、日本の在り方を正す時ではないかと思わされます。2年後の東京オリンピックを断念し、オリンピックのためにかかる莫大な費用を被災地域に使うべきであると思わされます。そして、国民は被災された諸地域、人々に心を寄せ、できる業をなしていき、心だけでも同労の友となるようになして行くべきであると思わされます。
 今日の聖書には、エボディアとシンティケという二人の女性の名前が出てきます。この二人が異なる思いをもっており、それが教会に悪影響を及ぼしていたのだと思います。この2人の女性は、パウロにとって、他の友たちと共に一緒に信仰の戦いを戦ってくれた「同労者」(口語訳)なのであるというのです。教会は、単なる信仰者の集まりで、牧師の説教を聞き、聖礼典に与り、真とは各自の信仰を養うという場ではありません。集う者たちが支え合い、助け合うところ、また救われる仲間を増やすために共に伝道をしていくところです。私たちが信仰者として生きるには、「同労者」が必要です。それは、同じ信仰者である友である神の家族の人たちのことです。
 また、パウロは、「感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めていることを神に打ち明けなさい。」(6節)と言っています。どんなことでも神さまに打ち明ける真実の祈りをなすようにとも勧めています。一人で神の前に立つ姿勢を持つことが大切なように思われます。神さまと私、私と神の家族、その関係をしっかり保持することが大切なのではないでしょうか。
 真の祈りは必ず聞かれます。しかし、それがいつなのかは私たち人間には、わかりません。それでも、今の時を忍耐し、神の業のなされる時を待ち望みたいと思います。
 教会に集う一人一人が、互いに同労者として協力し合い、喜びをも苦しみをも分かち合い、共に祈り、共に教会の枝としてそれぞれの賜物を生かし合っていく者でありたいと思います。そして、被災され苦しんでいる人たちの協力者、同労者となれるように皆で祈り、話し合い、模索していく者でありたいと思います。

2018年9月9日 聖霊降臨節第17主日 平島禎子牧師

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