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「ゆるし」 ヨハネの手紙一4章7~12節

 今日、7月4日は、アメリカの独立記念日です。以前にもお話しました映画、「7月4日に生まれて」の中で、主人公が、誤って殺してしまった戦友の家族に謝罪した時、その戦友の連れ合いから「私は一生あなたをゆるさない。しかし神はゆるされるでしょう。」という言葉をかけられます。神は愛であることを見事に、雄弁に語っているシーンです。

 今日の聖書、7節から12節には、「愛」という言葉が15回も登場します。12節まで読んで、最後に7節に戻ると、結論として「互いに愛し合いましょう」という呼びかけがより明確になります。

 愛を阻むものは、いろいろありますが、その代表的なものとして「ゆるせない」という感情があるように思います。なかなか取り除くのが困難な感情ですが、どうしてもできない、というとき、先に挙げた映画の、「わたしにはできない、しかし神にはできる、神はゆるされる。」と思うのが大切かも知れません。

 10節にあるように、もともと神さまがイエスさまを遣わされたのは、わたしたちがすべての罪からゆるされるためでした。言い換えれば、神の愛は、わたしたちの罪をすべてゆるすということです。わたしたちは、心からゆるされたときに、はじめて本当に愛されていることを実感するのかも知れません。

 互いに愛し合いましょう、は言い換えれば、互いにゆるしあいましょう、ということになります。

 イエスさまによって、その無償の愛によって、すべてをゆるされた者として、自らも他者をゆるしていく者でありたいと思います。そして教会が、ゆるされた者の共同体として、互いにゆるしあい、愛し合う歩みを神さまと共にすすめて行きたいと思います。

 

2021年7月4日 聖霊降臨節第7主日礼拝 笹井健匡牧師


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