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「恵みを示される」  ルカによる福音書1勝5~25節

 今日の聖書には、洗礼者ヨハネの父となる祭司ザカリアと母となるエリサベトについて記されています。「二人とも神の前に正しい人で、主の掟を守り、非の打ちどころがなかった。」と6節に記されています。主の前に正しく生きて来た祭司と妻でありました。しかし、そんな二人は人間の力ではどうしようもない悩みを持っていました。二人には子どもがいなかったのです。そのことが二人の心の闇としてあったのではないかと思います。
 そんな二人に驚くべき出来事が起こりました。ザカリアがくじによって、神殿の聖所で香をたくことになったのです。祭司の数が非常に多いので、一度その役割を果したら、二度とくじの機会は与えられなかったそうです。ザカリアは一生に一度という重大な神殿奉仕をなすことになったのです。
 ザカリアが聖所で務めをなしていると、主の天使が現れ、香壇の石の上に立ったのです。そして、天使はザカリアに恐れることはないと言って、ザカリアの祈りが聞き入れられ、エリサベトは男の子を産む、その名をヨハネと名づけなさい、と語ったのです。しかし、ザカリアはそのことを信じることができずに、「何によって、わたしはそれを知ることができるでしょうか。」と「しるし」を求めました。天使の言葉を信じることができなかったザカリアに与えられたしるしは、「子どもが生まれるまで口がきけなくなる」というものでした。ザカリアは神殿での奉仕を終えると、自分の住んでいる村へと帰りました。ザカリアがこのことを妻のエリサベトに伝えたかどうかはわかりません。しかし、妻のエリサベトは身をもって、その出来事を知ることができました。5ヶ月間、彼女は思いめぐらし、祈り、自分の身に起きたことを受け入れ、喜びの声をあげることができました。やはり、子どもができないということは、彼女にとって辛いことであり、立派な生活をしていて、人々に褒めそやされても、心の闇のようなものとして、存在していたのだろうと思います。
 今日の聖書の個所は、神の前に正しく生きた二人に恵みが示された物語です。神さまは、神の前に正しく、神に祈り求める者の声を無視されません。そして、一番いい時を選ばれ、願いをかなえて下さるのだろうと思います。神さまは、私たちに恵みを示してくださいます。私たちはその神の恵みが実現することを信じ、心を強くされ、神を喜びたたえ、イエスさまの誕生の時、クリスマスを待ち望んでいく者でありたいと思います。

2018年12月16日 アドベントⅢ(待降節第3、降誕前第2主日)平島禎子牧師

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