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 アブラム(アブラハム)は行く先を知らないで、神に信頼して旅立ちました。アブラムの旅立ちは、今まで住んでいた土地、そして一緒に暮らしてきた家族と別れるという精神的旅立ちでもあったかもしれません。神の声はアブラムに精神的に自立する旅立ちを促していたのであったかもしれません。
 私たちのなす旅立ちには、距離的な旅立ちと精神的な旅立ちがあります。居場所はそのままであったとしても、精神的に自立していくということがなされる時期があるのではないかと思います。それは親離れであり、子離れであろうと思います。また、友達、恋人、夫婦などの関係もなれ合いではなく、それぞれが精神的に自立するということが大切なのではないかと思います。一人一人の人間には個性、独自性があり、それを生かして精神的に自立して生きていく、または、相手を自立した人間として尊重していく、ということが大事なのではないかと思います。そして、クリスチャンとして、神の言葉を聞き、そして、いよいよという時を何度か経験すると思いますが、その時、神の言葉に信頼して決断するということが大事であろうと思わされます。しかし、アブラハムと違って、私たちは直接神の声を聞くことができません。日ごろから聖書に親しみ、祈り、教会生活をすることによって、なんとなく神さまの思いがわかるようになってくるのではないかと思います。そして、選択が迫られる時、これが神の言葉だ!と示され、決断することができる時が来るのではないかと思います。
 キリスト教の信仰を求める者は、最終的に、一人の人間として、神の前に立ち、他の誰の助けも得ないで、神の呼びかけに応えて、神の言葉に信頼し、自分の人生を生きていかなければなりません。私たちは、日々み言葉に聞き、祈り、祈りの中でも神に聞くということをなしていかなければなりません。新しい旅立ちの時はこれから私達一人一人にやってくるかもしれませんし、また、教会としてもそのような時が来るかもしれません。そのような時、人間的な思いを廃して、主の言葉に信頼して、主が示される方向へと旅立っていくことができるよう、祈る者でありたいと思います。

2017年11月26日 降誕前第5主日 平島禎子牧師

 コへレトの言葉(旧伝道の書)3章には、すべてのことに時がある、ことが記されています。私たちは大きな時の流れの中で、個人としても全体としても生きている存在です。
 しかし私たちはなかなかその時を知ることができません。多くの場合、ああ、あれはそういう時だったのだなあ、と終わってから、知るのです。そしてそこに働いていた神さまの大きなご計画を知るのです。
 今日の聖書は、本来の時に関してのイエスさまの言葉です。私は、自分自身、元来楽観的な人間でもあるので、あまり先のことは考えません。しかし、最近の世相を観ていると、やはりいろいろなことを考えてしまいます。そんな私に今日の聖書は大事なことは何か、をもう一度思い起こさせてくれます。
 イエスさまは、当初、13章2節で、エルサレムの崩壊について語られました。ご自身の死から三十数年後のことです。それは言わば、このまま行けば、このままの在り方を続けるならば滅んでしまう、という現状認識に基づいた言葉でした。しかし、その後、今の時代(30節)が滅びることに関しての言葉に変わって行きます。そして、「その日、その時は、だれも知らない。」ただ神さまのみがご存じなのだと言われるのです。そして34節以下でたとえを用いて、「目を覚ましているべきこと」を教えられます。私たちに大事なのは、神さまから託された御用を精一杯やっていくこと、そして眠り込まずに目を覚ましていることだと言われるのです。それしかできないのです。
 しかし「その日、その時」はまったくわからないわけではありません。一つ前の「いちじくの木」のたとえから、「近づいた」ことはわかる、と言われるのです。私たちがなすべきことは、近づいていることを知り、神さまの御用を、与えられた賜物を生かして精一杯なしていくことだと思わされます。
 約2000年前、絶望の中にあった人々のただなかに、闇を照らす光として、わたしたちの救い主イエス・キリストは誕生されました。今年も私たちのただなかにイエスさまが誕生してくださることを祈り求めねながら歩んで行きたいと思います。

2017年11月19日 降誕前第6主日礼拝 笹井健匡牧師

「叫ぶ」 マルコによる福音書10章46~52節

 今日の聖書の箇所は、イエスさまのエルサレムへの旅の終わりに近いエリコという町を通り、その町を出ようとした時のことが記されてます。そこには、目が見えないバルティマイの癒しがなされた物語が記されています。バルティマイはイエスさまの噂を聞いていたのでしょう。イエスさまが近くを通られていることを知り、彼は「ダビデの子イエスよ、わたしを憐れんでください。」と叫びました。イエスさまの周りにいた人たちは、イエスさまに対して無礼であると思い、バルティマイを叱りつけました。しかし、叱り続けられても、バルティマイは叫び続けました。イエスさまは、バルティマイを呼んでくるように言われ、バルティマイは、上着を捨てて躍り上がってイエスさまのところに行きました。イエスさまは、バルティマイに「何をしてほしいのか。」と尋ねました。何をしてほしいも何も、バルティマイは目が見えなかったのですから、目が見えるようにしてほしいのはわかりきったことです。しかし、イエスさまは、あえて問うことによって、バルティマイが先程まで叫んでいた、叫びの原因を公言することを求められたのではないかと思います。するとバルティマイは、「先生、目が見えるようになりたいのです。」と答えました。受け身ではなく能動的に「目が見えるようになりたい。」と自分の意志を伝えると共に、イエスさまならそれができるという全幅の信頼をもっていたのです。イエスさまは、バルティマイの答えを聞いて、「あなたの信仰があなたを救った。」と言われました。そして、バルティマイは目が見えるようになり、自発的にイエスさまについていく歩みをなしたのです。
 バルティマイは目が見えない状態だったから、必死に叫んだのだとも言えるかもしれませんが、イエスさまは、憐みの言葉をかけるのではなく、彼の信仰をほめられ、癒しの業がなされました。私たちは神さまに憐みを求める祈りをなすことが多い祈りをしていないでしょうか。自分の罪を悔い改め、神の憐みを求める祈りをなすことは間違いではありません。しかし、それに加え、何事にも動かされない信仰をもって叫ぶような祈りをしているでしょうか。実際に口で叫ぶことができない人がほとんどであると思いますが、その場合は、心の叫びというものを自覚し、心の叫びを神さまに投げかけることが大事ではないかと思います。叫ぶほどの信仰をもって、自分の意志をイエスさまに伝え、「あなたの信仰があなたを救った。」という、この上ない誉め言葉をイエスさまからかけていただけるように、心からの叫びを持って、祈り、行なっていく者でありたいと思います。

2017年11月12日 降誕前第7主日 平島禎子牧師

「分かち合う共同体」 使徒言行録2章43~47節

 今、私たちは、児島教会に連なる38名の召天者のみなさんと共に、記念の礼拝をささげています。このとき、新たな思いをもって、児島教会の現在、過去、そして未来に思いを馳せたいと思います。
 この1年間に新しく2名の姉妹たちが召天者の列に加えられました。お1人目は、昨年12月8日に召天された鴨居シズヱ姉です。さきほど歌いました旧讃美歌の2編157番は、姉妹の愛唱讃美歌でした。・・・中略・・・。
 お2人目は、今年3月29日に召天された大島登志子姉です。旭東病院での最後の日々は、今も忘れることができません。・・・中略・・・。
 児島教会は、70年になろうとする歴史を歩んで来ました。多くの信仰の先達たちの不断の努力によって、今日があります。キリスト教会も2000年になろうとする歴史を歩んで来ました。(またプロテスタント教会が誕生するきっかけとなったルターの宗教改革から500年になります。)2000年の歴史は、一言で言えば、改革の歴史だったと言えると思います。よく言われることですが、「変わらないために、変わり続けてきた」のです。
 今日の聖書は、誕生したばかりの教会がどのような姿だったかを伝えてくれています。当時クリスチャンたちは、終末はすぐにでも来る、と信じていました。今日の聖書にあるような、理想的な共同体ができたのも、そうした信仰が背景にあったことは否めません。しかし、ここに描かれている教会の姿は、時代を越えて、私たちクリスチャンが追い求める理想の姿です。持っている者が、心を込めて神さまにささげ、持っていない者がその必要とするものを分け与えられる、なんとすばらしい人間の集まり、共同体でしょうか。
 持ち物を共有していた彼ら彼女らは、「物」だけではなく、「心」を共有する、つまり喜びや悲しみも分かち合う共同体だったのだと思います。だからこそ、周囲の人々から好感を持たれていたのだと思います。
 これから私たちの生きる社会はどのようになっていくか分かりませんが、御前にある信仰の先達たちがつなげてくださった信仰のたすきを受け継ぎ、その時代、その社会に必要とされる神さまの御用を、互いに助け合いながら、すべてのものを分かち合いながら、誠実に一つひとつ行って行く者でありたいと思います。
  2017年11月5日 聖徒の日・召天者記念礼拝 笹井健匡牧師