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 児島教会創立74周年記念礼拝として、今日の礼拝を行なっています。1948年3月29日

に一人の信徒の家で児島教会としての初めての礼拝が行なわれました。児島教会の前身である味野教会の信徒の方たちがそこに集われていたのかもしれません。味野教会は約20年の歴史を有していました。ですから、味野教会時代から考えますと、児島教会の歴史というのは、約94年ということになります。それだけ長い年月をもって児島の地に有り続けたのです。児島教会は、15年間、会堂のない教会でした。信徒の家での礼拝が続けられてきました。それでも児島教会は教会として活き活きとした働きをなしてきました。兼務されていた佐敷牧師の働きも大きなものであったと思います。1958年、教会創立10年目の時に、藤岡友幸牧師が初めての専任の牧師、主任担任教師として赴任されました。そして5年後の1963年に念願の会堂建築もなされ、信徒の家での礼拝から公同の教会堂での礼拝へと変えられました。教会の礼拝もまた、家での礼拝で培われた神の家族の礼拝のようなものであったのではないかと思います。

 受難節なのに先取りをしてしまう形になりますが、ペンテコステ以降の信者たちの在り方が、今日の聖書には記されています。信者たちは、財産を共有し、毎日神殿に参り、その後、家に帰り、食事を共にし、神さまを賛美していたのです。信者たちの関係は水平であり、特別に偉い人も孤立している人も富んでいる人も貧しい人もいなかったのです。信者たちの集まる家は固定されてはいませんでした。「家ごとに」(直訳すると「家から家に」)集まり、使徒の教えを聞く時、祈りの時、交わりの時を持っていたのです。「食事を共にする」ということは、特別な意味を持っています。「パンを裂き」(46節)と記されています。「パンを裂く」ということはイエスさまがなされていたことでした。五千人の給食(マルコ6・1、マタイ14・15、ルカ9・16)の時、最後の晩餐(マルコ14・22、マタイ26・26、ルカ22・19)の時、そして復活後、エマオ途上で二人の弟子たちと食事をなした(ルカ24・30)時に、イエスさまは、まず「パンを裂く」ことをされたのです。この「パン裂き」は信者たちにとって特別な意味を持っており、イエスさまを想起するものであったのではないかと思います。パンを裂き、食事を共にし、賛美をなす弟子たちは、他の人々から好意を寄せられていました。そこから弟子集団に入りたいと思う人もいたのではないかと思います。それだからこそ、「主は救われる人々を日々仲間に加え一つにされた」(47節)のです。

 教会は神の家族です。先に天に召された方々も神の家族であるからこそ、墓前へと私たちは導かれるのだと思います。私たち一人一人、神の家族として、互いを受け入れ合い、協力し合い、「共に喜び、祈り、感謝し」(テサロニケ一5・16~18)、新しい75年目の歩みをなしていく者でありたいと思います。

 

                    2022年3月27日 受難節第4主日 平島禎子牧師


今私たちは、受難節を歩んでいます。世界の状況もあり、心が暗くなりがちですが、今日は日曜日、主が蘇られた喜びの日です。6日間続く克己の生活をひと休みし、復活の喜びにあずかりたいと思います。

ローマの信徒への手紙12章15節には、「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい。」という信仰生活のすすめがあります。日本人の心性としては、一緒に泣くことがより容易いかも知れません。一緒に喜ぶのは意外に難しいかも知れません。「もらい泣き」という言葉があるように、悲しいという感情の方がより根源的な感じがします。つまりわざわざ教え、すすめることをしなくても、共に泣くのは、自然にできるのかも知れません。

新約聖書には、「喜び」のすすめが多くあります。有名なのは「いつも喜んでいなさい。」(テサロニケの信徒への手紙一5:16)です。現実には厳しい伝道生活を送っていた初代教会の人々が、そんな中、いやだからこそ、現実を跳ね返すように「喜び」をすすめたのかも知れません。

今日の聖書で言うと、何事も、不平や理屈を言わず、喜んで行うことにより、信仰者は世にあって星のように輝く神の子となるのです。喜びは、信仰者を磨き、輝かせるものです。

パウロは最後に自らの殉教を覚悟しつつ、それでも喜ぶと言うのです。そして自分があなたたちと共に喜ぶのだから、あなたたちもわたしと一緒に喜びなさいと言うのです。ここには「喜びます」「喜びます」「喜びなさい」「喜びなさい」と4回も「喜び」が繰り返されています。

自らの罪と救いをだれよりも強く経験したパウロが、その大変な伝道生活を送りながら、特に今獄中にありながら、信仰の友へ送った言葉が「喜び」でした。パウロが伝えたかったのは、喜びの信仰でした。自らもその中に生き、そして何よりの宝物として、人生をかけ、命をかけて人々に伝えて行ったのです。

ここにいますわたしたちも、それぞれに主イエスと出会い、他にはない、大いなる喜びを経験して、今も信仰生活を続けているのだと思います。はじめに喜びがあったのです。その喜びに生かされ、救われている者として、それぞれの場にあって、喜びの信仰を輝かせて生きて行く者でありたいと思います。

 

2022年3月20日受難節第3(復活前第4)主日礼拝 笹井健匡牧師


「あなたがたは、以前には暗闇でしたが、今は主に結ばれて、光となっています。光の子として歩みなさい。」(8節)と記されています。この「以前には暗闇だった」とは、神に向かって生きる人生ではなかったことを意味します。しかし、今は「光となっている」のです。主によって、暗闇と断絶することができ、光の子となることができたのです。光とは悪から遠ざかり、偽善を拒むものです。そして、光の中で私たちは生命を輝かせることができ、その中で善の方向へと歩いていくことができるのだろうと思います。そのためにも、「何が主に喜ばれるかを吟味(10節)することが大切なのです。私たちの価値基準は、神さまが喜ばれるかどうか、ということなのです。しかし、人間は弱い存在であり、時として、神さまを悲しませることをなしてしまいます。そのことに気づいたならば、懺悔し、悔い改めるということをしなければなりません。そして、もう一度神さまの方を向くようにすることが大事です。決して暗闇の方に戻ってはいけないのです。

「愚かな者としてではなく、賢い者として、細かく気を配って歩みなさい。今は悪い時代なのです。」(15、16節)と記されています。愚かな者とは自分の考えを持たず、周りに流されていく人たちのことを指しているのではないかと思います。賢い者とは自分の意志をしっかり持つ者、何が神に喜ばれるのかを知っている者たちのことを意味しているのではないかと思います。「悪い時代」と記されていますが、このエフェソの信徒への手紙はパウロが獄中から書いたもの、獄中書簡の1つと言われています。キリスト教徒が迫害されていた時代に書かれたもので、悪がのさばる時代であったと言えるのだと思います。現在の世界も「悪い時代」です。ロシアのウクライナ侵攻による戦争の勃発、ミャンマーの軍事政権下で圧政が行なわれ、それに反対する人たちは、殺されたり、捉えられたりしています。また、アフガニスタンのタリバン政権も武力をもって国民を制圧しています。また、アフリカ諸国の中にもそのような体制下にあるところがあるようです。今年の3月11日で、東日本大震災が起きてから11年になりました。いまだ行方不明の人たちもおり、被災した人たちの心の傷は消えることはありません。そのほかにも日本国内においても、様々な問題があります。そのような時代に生きる者として、何が主の御心であるか悟ることが大事であろうと思います。

私たちは、「光の子」です。イエスさまから送られてくる光に照らされ、囲まれて生きる者です。時に暗闇の方へ行く誘惑にさらされ、負けることもあるかもしれません。しかし、闇は光に勝たないのです。私たちは再び立ち上がることができるのです。それは、光であるイエスさまが私たちの手を引いてくださるからです。すべての人に神さまのもとから光が与えられています。教会も光に満ちています。この光をさらに明るくするように、光の仲間が増えるように、祈る者でありたいと思います。

2022年3月13日 受難節第2主日 平島禎子牧師


説教題「イエスの教会」 マタイによる福音書16章13~20節

 

 長い降誕節を終え、受難節に入りました。世界を取り巻く状況も混迷を深めています。しかしそのような時だからこそ、私たちは十字架へと歩まれるイエスさまから生きる力をいただきたいと切に願います。

 今日の聖書は、第1回目の受難予告の前に、ペトロが信仰告白をした場面です。まず、イエスさまは弟子たちに対して、ご自身の評判を尋ねられます。人々は、イエスさまのことを、誰だと言っているのか、と。エレミヤを加えて、マルコ福音書と同じような答えが記されています。そのうえで、それではあなたたちは、と弟子たちに問われた時、ペトロがはっきりとメシア(キリスト)と信仰を言い表すのです。20節の「話すな」という禁止命令は、マルコ福音書では、不十分なメシア理解を戒められた言葉だと思われます。しかしマタイは、そこに17~19節のイエスさまの、お褒めの言葉を挿入しました。

 「違い」にとらわれると、大事なものを見落としてしまうことがあります。富士山のたとえのように、見る場所、季節、人によってその姿は大きく異なるのです。イエスさまを取り巻く人が、いかに大勢だったか、ということです。

 カトリックではペトロに焦点が当てられ、教皇、法王の聖書的根拠のようにも扱われがちですが、プロテスタントの私たちにとってはどうでしょうか。失敗多く、欠けの多い漁師、しかしイエスさまへの思いだけはだれにも負けないという、そんなペトロの熱い心をイエスさまは「良し」とされ、その上に教会を建てると言われたのかも知れません。

 今回私がさらに示されたのは、イエスさまが「わたしの」教会と言われた点です。他のだれの教会でもない、イエスさまの教会、それが教会なのです。

 旧約の時代、シナゴーグは存在していましたが、人々の心は「主の家」としての神殿に在りました。その「祈りの家」を、イエスさまは教会とされたのです。そして各地に広まりました。そしてそこが「救いの場」「祈りの場」となったのです。

 教会はイエスさまの「場」です。どこかにある「神殿」のような場所に行かなくてもいいのです。信仰によって教会が建てられるとき、そこにイエスさまはおられるのです。

 イエスの教会に連なり、救われた人生を歩む者として、この受難節の時、克己の生活をなして行く者でありたいと思います。

 

            2022年3月6日 受難節第1(復活前第6)主日礼拝 笹井健匡牧師