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「心を合わせて」 ローマの信徒への手紙15章1~6節

ローマの教会が具体的にどのような状態だったかは、はっきりとはしません。おそらく他の多くの地中海世界の教会と同じように、ディアスポラのユダヤ人の間に芽生え、成長と共に周囲の異邦人も参加するようになり、さらにその地の有力な信仰共同体として発展して行ったのではないかと思います。

パウロはいつか必ず訪問したいという熱い思いを込めてこの手紙を書いています。その意味では、自己紹介の目的もあったと思われます。なので、ローマの教会の、具体的な問題等はほとんど触れられず、パウロの信仰理解が中心になっています。その中で、今日の聖書の個所は、少しローマの教会のことを念頭に置いているのかなと思わせられる個所です。

14章から、信仰の弱い人と強い人についての記述が続いています。もしかしたらですが、当初教会に集った人々の中には、いわゆるユダヤ的なものをも大切にしようとしていた人々がいたのかも知れません。後から加わった異邦人信徒の多くは、そうしたユダヤ的なものに触れずに、飛び越えて、イエス・キリストの福音にダイレクトにつながった人々が多かったかも知れません。両者の間に食べ物や特定の日等についての考え方の相違があったかも知れません。そしてそれが軋轢を産んでいたかも知れません。

これも定かではないのですが、使徒言行録で言及されているプリスキラとアキラがコリントからローマに戻っていたとするならば、ローマの教会の課題についてもパウロがなにがしかのことを聞いていたかも知れません。いずれにしてもパウロは、この手紙の受け取り手の人たちと自分自身を強い者としています。しかしその信仰(の在り方)を弱い人たちに強要してはいけないと言うのです。そうではなく、重荷を負い合うように、その弱い人たちの弱さを担うべきことを教えます。

パウロは、自身は何でも食べますが、あえて自己満足を捨て、キリストにならって、隣人の喜ぶことを選択します。そして何より大切なのは、心を合わせて神をほめたたえることであると言います。

私たちが自己満足を越えて、他者を配慮し、互いに、心を合わせて神に向かうことができたとき、イエスさまは喜んでくださるに違いありません。

裁き合い、非難し合うことをやめ、尊敬し合い、愛し合うことを目標に、互いに心を合わせて、イエスさまにならって、神さまを信じて生きて行く者でありたいと思います。


2021年7月11日 聖霊降臨節第8主日礼拝 笹井健匡牧師


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