「神は愛です」 ヨハネの手紙一4章7~21節

今日は「母の日」です。「母の日」の由来は様々ありますが、アメリカでは、アンナ・ジェービスが母のアン・ジェービスを追悼するために、教会を母が好きだった白いカーネーションで飾り、教会に来る人に白いカーネーションを配ったということが始まりだそうです。母のアン・ジェービスは、社会福祉、平和貢献のために尽力した人でありました。このことから、「母の日」は平和を希求する日として捉えてもいいのではないかと思います。

しかし、現在ウクライナにロシア軍が侵入し、攻撃をなすという戦争が起きています。プーチンはロシア正教会の信徒です。ロシア正教の復活祭はローマカトリック教会、また、プロテスタント教会より使用している暦の関係で1週間遅いのですが、その復活祭のミサの時に、プーチンは敬虔な顔をして十字を切っていましたが、ウクライナ侵略をどのように受け止めているのか、と腹立たしく思いました。

キリスト教では、「愛」ということが何よりも優先されなければならないことです。今日の聖書に記されている「愛」という言葉はギリシア語の「アガペー」が使われています。「アガペー」は真の愛であり、神から人々への一方的な大いなる愛として解釈することができる言葉です。神さまはこの世にその独り子を与えてくださり、救いの道を与えてくださったのです。ここに大いなる愛があるのです。イエスさまをこの世にお遣わしになられ、十字架につけられたということは、神さまにとって大いなる痛みでした。その大いなる痛みをもって、神さまは私たち人間を愛してくださったのです。その神の愛、イエスの愛を知った者は、神に感謝すると共に、自分もまた愛する者へと変えられて行かなければなりません。

「私たちが愛するのは、神がまず私たちを愛してくださったからです。『神を愛している』と言いながら兄弟(姉妹)を憎む者がいれば、それは偽り者です。目に見える兄弟(姉妹)を愛さない者は、目に見えない神を愛することができません。神を愛する人は、兄弟(姉妹)をも愛すべきです。これが、神から受けた掟です。」と19節から21節に記されています。神さまを愛するということは、姉妹兄弟を愛することです。私たちは同時に憎んだり、愛したりすることはできません。兄弟姉妹を憎んで、神さまを愛することはできないのです。

神さまは、愛の発光体のような方であるかもしれません。その光を目に見える形で示されたのがイエスさまの生涯であったと思います。イエスさまご自身愛そのものの方でした。そのイエスさまは、御自身の命を十字架上で捨ててまで、全ての人を赦し、愛し尽くされたのです。私たちも愛であるイエスさまを愛し、愛なる神を信じ、聖霊の愛ある交わりを信じて、互いに愛し合っていく共同体でありたいと思います。

「神は愛です」この言葉を心に刻み、実際に神さまからの愛を受け、私たちも神さまを愛し、そして、姉妹兄弟、隣人を愛していく歩みをこの地上で行なっていくことができるよう、祈る者でありたいと思います。

2022年5月8日 復活節第4主日 平島禎子牧師


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