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「洗 礼」 マルコによる福音書1章9~11節

 2021年、新年あけましておめでとうございます。みなさんは、どんな気持ちで、新しい年を迎えておられるでしょうか。
 今日の聖書は、イエスさまが洗礼を受けられたところです。イエスさまは宣教活動を始められるとき、最初にヨハネから洗礼を受けられました。公に行動された、その最初が洗礼だったのです。
 洗礼というと、私たちにとっては救いであり、その意味ではゴールとも言えると思います。しかしイエスさまが洗礼を受けてその公生涯を始められたように、私たちも洗礼を受けてクリスチャンとしての生涯を歩み始めます。その意味では、スタートということもできると思います。
 イエスさまが洗礼を受けられたとき、天から「わたしの愛する子」という声が聞こえました。洗礼を受けると、聖霊が降り、神の声がした、という何ともすごい光景です。今までわたしは、これはイエスさまだから、イエスさま限定のこと、としてだけ捉えて来ました。しかしイエスさまはあえて人間としてこの世に来られました。私たちはイエスさまを救い主と信じて洗礼を受けます。それは結果的に、イエスさまに従って洗礼を受ける、ということもできるのではないでしょうか。そしてそんな私たちに神さまは広い意味で、やはり「わたしの愛する子」という声をかけてくださるのではないかと思います。
 2021年がどのような年になるのかは、知る由もない私たちですが、今年もそのスタートにあたって、神さまが大きな愛をもって背中を押してくださっている、そのことだけは確かだと思います。
 新しい年を、クリスマスの大いなる喜びを胸に歩み始めて行く者でありたいと思います。

           2021年1月3日 新年礼拝(降誕節第2主日) 笹井健匡牧師

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