• 記事検索

RSS

「忍耐する信仰」 ヤコブの手紙5章7~11節

「忍耐する信仰」 ヤコブの手紙5章7~11節
 今日は世界聖餐日・世界宣教の日です。世界に思いを馳せていたら、なぜかヤコブの手紙が思い浮かびました。ヤコブの手紙は、み言葉を聞くだけでなく、行う者になりなさい、とか、行いを欠く信仰は死んだものとか、また人を分け隔てしてはいけないとか、私は大変好きな手紙ですが、宗教改革をしたルターは「藁の書」と言って、価値の低い手紙だと言いました。パウロが信仰を強調したのは、律法の行いに対してでしたが、愛の実践はパウロ自身も大事にしています。それで20世紀になって、再評価されるようになりました。
 しかし、今日の聖書の個所は、忍耐について書かれています。ヤコブの手紙をよく読んで見ますと、最初の冒頭でも忍耐について書かれているのが分かります。今の時代にとって、世界の教会にとって最も必要なのは、忍耐であることを神さまは私に教えようとされたのかもしれません。
 順調な時、人は、いいことだけに注意が向き、悪い面はあまり気になりません。しかし、苦しくなってくると、いやなところ、欠けたところにばかり目が行くようになります。そして、そんなとき9節にあるように、互いに不平を言い合うようになるのです。イエスさまはそれをだまって聞いておられます。ここで言われている戸口とは「教会の戸口」です。教会で私たちが話しておられるのをだまって聞いておられるのだと思います。教会の戸口にも、内側にしか「とって」はないのかもしれません。
 10節で預言者を忍耐した人の模範として記した後、11節では、あのヨブを持ち出します。ヨブの忍耐と、その後の神さまの祝福についてはよく知られていたのだと思います。そして神さまは最後に必ず恵みを与えて下さることが記されています。
 最初に言いましたように、このヤコブの手紙は、み言葉を行うこと、すなわち愛の実践を強調しています。忍耐とは、決して何もしないで、じっとしていることではありません。手紙の最後のところに記されているように、祈ること、そして迷い出た者を連れ戻すことがしるされています。つまり、愛の実践をしながら、祈りを熱くして、時を待つのです。神さまを信じて・・。
 互いに助け合い、励まし合い、祈り合いながら、忍耐する信仰をもって、この時代を歩んで行く者でありたいと思います。

2016年10月2日 聖霊降臨節第21主日 笹井健匡牧師

コメント
name.. :記憶
e-mail..
url..

画像認証
画像認証(表示されている文字列を入力してください):