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「耐え忍べ」 マルコによる福音書13章1~13節

「耐え忍べ」 マルコによる福音書13章1~13節

イエスさまは弟子たちが経験する具体的な苦しみをあげられます。(9節)イエスさまの弟子ということで受ける迫害が述べられているのです。しかし、そのような迫害の苦しみを通して、キリスト教は世界へ広がっていったのです。初期のキリスト者たちが迫害を受けるのを見た人たちはが次第に心を打たれるようになり、キリスト者が増え、キリスト教はローマの国教となったのです。しかし、権力側の宗教となったことで、堕落していったということもまた、覚えておかなければならないと思います。

イエスさまは終わることのないような苦しみが自分を襲っても耐え忍べと言われるのです。どんな苦しみの時でも、苦しみの後には希望がある、たとえ自分たちが経験できなくても、自分の死んだ後に続く人たちは希望の日を経験することができると信じて耐え忍ぶことが大切なのであろうと思います。また、耐え忍ぶということは、人間の力だけではできません。神に自分の苦しみのすべてを委ね、聖霊の働きを信じることが大切であろうと思います。何よりもイエスさまが先に苦しみの道を歩まれ、復活という希望を私たちに示してくださいました。そのイエスさまが私たちと一緒に、私たちの苦しみを負ってくださるのです。

現代社会において、世界も日本も苦しみに満ち溢れています。この世界において、どれだけの人たちが、自分の経験している、また経験してきた苦しみを自分で引き受け、耐え忍びながら、希望を持って生きているでしょうか。

たとえ現代社会がどんなに悪しきものであるとしても、一人ひとりが人生のある時期において経験する苦しみが深いようであるように思えても、必ず、希望は残されているのです。「・・・まだ世の終わりではない。・・・これらは産みの苦しみの始まりである。あなたがたは自分のことに気をつけていなさい。」(13・7~9)とイエスさまは言われています。不安で慌てる私たちの心にイエスさまは語りかけてくださいます。「しっかりと心を神に向けなさい。聖霊の働きを信じなさい。」とイエスさまは言われるのだと思います。そして、今のこの時を耐え忍べ、耐え忍ぶ者は救われるのだ(13節)と言われるのです。私たちはこの世に起こる様々な事柄の中で、また自分に起きる苦しみの中で、耐え忍ぶということをなしていく者でありたいと思います。そして耐え忍ぶことによって希望を生み出していくこどができるよう、祈りたいと思います。

2017年4月2日 受難節第5主日礼拝 平島禎子

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